マニキュアが乾くまで… -5ページ目

ニッポニアニッポン。


真夏日でした。







どうも。


ビニール傘が玄関を占拠してしまっている、

なんとも不恰好な女の一人暮らしです。。。



傘を持っていないときに限って、

雨に降られてしまうわけで……








え?そんなに水に滴れと?









今年は、
傘を使う間もなく梅雨明けちゃいそうなんで、


ビニ傘、10本処分します!!








さて。

今日は不完全燃焼の一日。


何かしなきゃと思いつつ、ダラダラと過ごしてしまった…。




ダメね、こういう日は。




何かアクションを起こして反省するのと、反省の重みが違う。


この虚無感…。




もっと、1日のご利用を計画的にしなきゃ。








と、

いうわけで。
























がんばれ!ニッポン!!

                                         と、私!


縁できて笑んできた。

どうやら、

私の第六感は、かなり信憑性の高いものらしい。



そう思わずにはいられない出来事があった。







アメブロの「就活・新社会人」ジャンル3位、

学生ブログランキング5位のGAKOさん という方がいらっしゃる。



彼女のブログを、

私はいつも、共感と尊敬の念を抱きながら拝読している。







つよがりと文才の無さが邪魔して、

私には到底言葉にすることなどできない思いまでも、

嫉妬するほどの個性と文章力で綴る彼女の日記は、イイ意味で私を焦らせる。





こんな人と、同じ土俵に立っているのか…と。














そして、今日、彼女と一緒に面接を受けた。





なんとなく、

いつか会えるんじゃないかと思っていた。




今日の会社の筆記のときも、

先日の会社の筆記のときも、面接のときも、

GAKOさんと私は同じ会場で受けていたわけだから、


会っていても不思議ではない。






しかし、

なぜか今朝、

今日の面接で会える気がした。



いわゆる「女のカン」てヤツだ。





そして、

一目見た瞬間、

「あ、GAKOさんだ…」と、思った。



それも、「女のカン」ってヤツだ。





面接が始まる前の待合室では、ブログの話など出なかったから、

本当に「カン」というしかない。



それに、もし「本当に」GAKOさんだということを知ってしまったら、

私は穏やかではいられない。


きっと、面接どころではなくなってしまう。



そう思い、あえて確かめることはしなかった。






しかし、あろうことか面接中に「本当に」GAKOさんだということを

知ってしまった。



瞬間、「毎日読んでます!!」と、ココまで出かかった声を飲み込み、

思いっきり真横に向けた顔を、ゆっくりと面接官のほうへ戻した。




心の準備はできていたものの、やはり驚いた。


彼女の一言一句が気になった。









面接終了後、

「ブログ読んでますよ♪」というと、彼女は相当驚いていた。




けっこう有名人なのに…。


そんなところが、なんともかわいらしい。







帰り道では、今後の受験先などの話をした。

案の定、かぶるかぶる(笑)



また一緒に面接を受けられるように、がんばろうと思った。







今頃、GAKOさんは、

うさぎさん駄菓子さん さんと楽しい宴を開いていることだろう。







彼女に見られると思うと恥ずかしくなり、

このブログのタイトルは教えなかった(もしや、こ…ぃ!?)。



が、


見事、アクセス解析でたどり着いた際には、コメントくださいな♪







80円切手で縁切って。

ありえん。。。






こんなの、

みんしゅーでも見たことない。。。






就活してると、

往々にして不思議な出来事、

というより、腹立たしい出来事に出くわす(よね?)。




「ぜひ一緒に働こう!」と言われたのに、落とされた。

とか。


通過メールが届いたのに、実は不通過だった。

とか。


自分の面接枠が用意されてなかった。

とか。




私はどれも未経験なわけだけど、

こんな感じのことを、周りや先輩から聞いたりする。









しかーし!!




ついに私にも、







どっかーん

(↑スリムドカンのCMっぽく)



と、エライの、




きたよ。








もうね、奇特すぎて逆においしい。








なんと、






合否を









知らせる










封書に、
















切手が









貼られて









なかった。。。




この意味、おわかりかしら?


















私が切手代払うんですよ!!



わざわざ買うんですよ!!




よりによって、

ご健闘お祈り」通知書を!!







しかも、

なぜか「=速達=」のハンコ押してあるし…。

(ポストマンったら慌てすぎ。)






あぁそうかい、そうかい。




採る気ないやつには80円も惜しいってかい。


筆記から交通費2000円も支給して、大盤振る舞いだったってのによ…








バカにしてからにぃー!!







こうなったら、

こっちから封書送りつけてやる!


(もちろん、切手貼らずに。)





○○社 様




このたびは、貴社の選考にお招きいただき、誠にありがとうございました。



さて、慎重に封筒を確認させていただきました結果、


80円切手が添付されておりませんでしたので、ご報告いたします。



至急、下記の口座へお振り込みいただきますよう、お願い申し上げます。



末筆ながら、貴社のますますのご発展をお祈り申し上げます。




                                         かしこ   




うん、上出来。


さ、コピペコピペ。












と、

いうわけで、




















「不採用通知」お買い上げぇ~。



umiちゃんってば太っ腹ぁ~♪






消防士の無念。

  




                   逃げ道なんてない。






こんな感じの筆記試験だった。




みんな、あれをすべて書き終えることができたんだろうか。。。


私は、とてもじゃないけど、4時間じゃ消火しきれなかった。





























べらぼうめ!!






「パパのお嫁さんになるの♪」を本気で喜ぶ父親という人種。

今日は父の日。




昨日のラジオのお手伝いの話は、

またおいおいということで(非情にイイ経験しました)、


ベタに父ネタで、一筆書かせていただきます。




長くなるよ


↑って断りをいれるのは、気遣いのできるイイ女の証なんだって 笑

 by anan(女のバイブル)






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父が、
私の職業観や人生観に与えた影響は、極めて大きい。




医者の息子が医者になったり、

政治家の息子が政治家になったり、

親の影響を受けて育つのは珍しいことではない。



ただ、私の場合は、

生まれたときから自然と影響を受けてきたわけではなく、

父の転機となる出来事に感化され、考え方が変わっていったという感じだ。







彼は、

私が中学1年生の冬、会社を辞め、独立した。


当時、父は45歳。


妹は、まだ3歳だった。





子供の私が言うのもなんだが、まだまだ子供にお金がかかる時期。





そもそも、

それまでいた会社だって、

彼が朋輩たちと一緒に起こしたものだった。



徐々に規模も拡大し、

辞職する頃にはいくつか支所をもつようになっていた。



創業時からのメンバーの父は、

それなりの地位について、それなりの収入を得ていた。



会社や社員に対して、

特に不平不満があったわけでもなかったらしい。






なのに、なんで辞めちゃうんだろう。。。






13歳のガキんちょながら、父の決断は間違っていると思った。




「リストラ」「失業率」という文字が日本中に蔓延る中、

あえて不安材料を抱える行動をとるなんて、あまりに軽率だ、と。


家族の生活と将来を背負っているのに、身勝手すぎる、と。



そして、


父の行動を止めたり責めたりしない母は、

今のこの状況をどう考えているのだろう、と。




しかし、すべての疑問を飲み込んだ。


子供が口出しできる問題ではないと、察したからだ。










実は、
このときの独立で、父の転職は2度目になる。



以前の会社をはじめる前、

新卒で入社した某メーカーで営業をしていた。




時代は、バブルど真ん中。




20代半ばである程度まで出世し、

「金銭感覚が狂いそうだった(by母)」ほど、いただいていたという。





しかし、バブルは弾けた。





社長が、借金を残して海外へ逃げた。


父は、職を失い、会社の債務を負った。






同時に、母の扶養家族となった。






どれほどプライドが傷ついたことか、と思う。



もともと、「男子七歳にして厨房に入らず」な家系ゆえ、

自分の妻に養ってもらっているという法律上の事実は、

剣山の上に正座するほどの苦しみだっただろう。




それでも1年後には、借金にも大方のめどがつき、

前述した会社の立ち上げに加わることとなった。




そして、

会社設立から7年後、

父は、ひょんなことから資格を取った。


そして、

これを天職と信じ、独立に踏み切ったのである。








独立当初、

父に真意を聞けなかった私は、

母に「なんで止めなかったの?」と聞いた。


それが精一杯だった。



すると母は凛として、「男のロマンなのよ。」と答えた。



圧巻だった。





会社と事務所の違いはあれど、

過去の経験は、母を不安にさせたに違いない。



だから、

「しょうがないわ…」だとか、

「お母さんも困ってるのよ…」という、

マイナス発言を予想していただけに、その潔さが強く響いた。



何も心配することはないと思った。



母が信じているのに、私が不安がってどうする、と。









このように、

男前な母のバックアップにより、父はロマン城の主となったわけだが、


もちろん、

独立してからも紆余曲折があった。だけど、そこは割愛して。





本題である、

私がこの経験から受けた影響とは、




「いつ夢や目標が変わるかわからない」という意識である。




新卒で入社した頃、

社長がとんずらするなんて想像していなかったと思う。


以前の会社を始めた頃、

資格を取って独立するなんて想像していなかったと思う。




日々の出会いや出来事に裏づけされた価値観の変化によって、

自分では想像もしていなかった世界に足を踏み入れようとする。



その心の変化をチャンスと感じ、

その瞬間、動きだせるかどうかが重要なのではないか。




しかし、リスクを背負ってでも絶対動くべき!とまでは思わない。

実際、家庭をもってからの行動は、間違いなく家族を不安にさせる。



ただ、背負った分をはね返すだけの意志と力があれば、

やれないことはない。




だから、

チャンスに反応できるように、頭と身体を鍛えていきたい。


そのために、好きなことを仕事にして生きたい。




中2の春、マセガキはそんなことを思った。

そして、これが今の自分の原点だと確信している。







かくして、

年頃の娘に「クサイ!」なんて蔑まれる危機を、

とんだアクションを起こすことでスルリ回避した父であるが、

今だ苦戦中の娘の就職活動につき、かなりお気楽な見解を示している。




「若いんだから、苦労すればいいさ。」


「やりたいようにやって、悩みなさい。」と。





ありがたい。本当に感謝している。




間違って動くこともあるだろうけど、いずれは酒の肴。


どんとこい苦労!である。








なんだか、



「宇宙の神秘~父と娘の大スペクタクル~」



風に仕上がってしまったけど、

うちは露骨なほどパンピー家庭です。。。



特に仲がいいわけでも悪いわけでもない、

フツーの親子です。











あしからず。